よくある質問
FAQ(よくある質問)
Q.公証人が遺言作成を拒否したら違法?
公正証書遺言の作成を依頼された公証人が遺言書を作らなかったからといって違法性を問われた事件があります。
しかし、結論としては違法性は否定、公証人の行動は正しかったものと判断されています。
東京高等裁判所平成21年4月8日判決です。
公証人への責任追及は難しいといえそうです。
事案の概要
遺言者が夫と妹に対し遺産を半分ずつ相続させるという遺言を作ろうとしました。
しかし、遺言者は入院中。
そこで、公証人に出張依頼。公証人に遺言公正証書の作成を嘱託しました。
しかし、遺言書を作成しようとしたところ、夫が病室から退席を拒否。かなり興奮。
公証人は、これを理由として遺言公正証書の作成を中止。遺言者も眠ってしまうなどして続行できないと判断したものでした。
妹は、公証人の職務怠慢により、遺言公正証書が作成されないまま遺言者が死亡したと主張。
これにより、損害を被ったと主張し、国家賠償法に基づき、遺言者の遺言が有効であれば取得し得たはずの遺産相当額の損害7214万3106円を請求しました。
遺言事件の対立構造
本来は、遺言者の態度によって、夫vs妹という対立構造でした。
妹は遺言が作成されれば利益を得られる。
夫は遺言が作成されれば取得財産が減る。
このような対立構造で、夫は病室からの退席を拒否。
遺言が作成されなかったことで、妹は、公証人に責任があると主張することとなったものです。
地方裁判所は請求棄却
地裁は、公証実務においては、民法974条の定める欠格者を遺言公正証書作成の場に同席させない取扱いとしていることを指摘。
次に掲げる者は、遺言の証人又は立会人となることができない。
一 未成年者
二 推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族
三 公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び使用人
夫は推定相続人として証人欠格者です。
このような配慮は同条の趣旨を考慮すれば合理的としました。
遺言書の証人になれない人が立ち会ってしまったのでは、欠格とした意味がなくなってしまうのです。
公証人は証人等欠格者が遺言公正証書作成の場に同席することのないよう配慮すべき義務を負うとしています。
これを前提として、病室から同人の夫の退室を得られなかったなどの状況下では、遺言公正証書の作成を中止するとの判断をしたことが、公証人としての職務上の法的義務に反するものということはできないとしました。
そのため、違法性もなく、請求棄却との判断です。
判決に対し、控訴されました。
高等裁判所の判断も棄却
高等裁判所も請求を否定。
控訴を棄却しました。
証人欠格者の立ち会いと遺言の有効性
妹は、公証人は、依頼された遺言公正証書を作成しなければならないという最大の義務があるのであり、本件のように証人等欠格者が退席しないときには、その者の同席により遺言公正証書が明らかに無効になるような場合以外は、あらゆる手段を講じて遺言公正証書の作成手続を続行すべきであり、証人等欠格者をできるだけ同席させないように配慮するという義務に基づいて遺言公正証書の作成を中止することは許されないと主張しました。
確かに、公証人法3条は、公証人が正当の理由なく嘱託を拒むことを禁じています。
しかし、一方で、同法26条は、公証人が、法令に違反する事項、無効の法律行為及び行為能力の制限によって取り消すことができる法律行為について公正証書を作成することを禁止しています。
公証人が職務上の義務に違反することは懲戒事由ともされています(同法79条)。
そして、民法974条は、同条各号の証人等欠格者が遺言の証人又は立会人となることのみを禁止し、同席することまでを禁じるものではないから、証人等欠格者の同席が直ちに遺言の効力を否定することにはなりません。
公正証書遺言が信頼できなくなる
しかし、公正証書遺言の信頼性は、所定の慎重な手続に従い遺言者の意思確認が行われることに基づくものであり、証人等欠格者の同席により、遺言の内容が左右されたり、遺言者が自己の真意に基づいて遺言をすることが妨げられた場合には、まさに遺言の手続違法、無効が問題となり得るから(最高裁判所平成13年3月27日第三小法廷判決・集民201号653頁)、公証人としては、そのような疑義が生じる事態が生じないよう配慮すベき一般的な注意義務を負うというべきであると指摘。
そして、本件においては、遺言者の見舞いに病院を訪れ、病院関係者にも知られている配偶者が、遺言書の作成自体に反対し、しかも、興奮しているのであって、配偶者の同席の下では、円滑な公正証書の作成への支障のみならず、遺言者の真意が歪められるおそれがあるとした公証人の判断を不当ということはできないとしました。
なお、公証人が、上記事態に関する法的理解として、証人等欠格者の同席により公正証書遺言が常に無効になると考えていたとすれば、上記判例の趣旨を誤解していたものといえるが、本件事案において、配偶者の同席の下での手続遂行を中止した判断は相当というべきであるとしました。
遺言書完成までは、翻意する可能性もある
また、妹は、公証人が、一度遺言者の意思確認をした以上、その後配偶者が同席したとしても遺言が無効になるとは考えられないのに、遺言者が真意に基づいて遺言することを妨げられるおそれがあると考えて、遺言書の作成を中止したことは不当であると主張するが、一度遺言者の遺言内容の意思確認をしたとしても、遺言公正証書の作成の最後の手続が終了するまでの間に、遺言者が従前の考えを翻すに至った場合には、遺言の内容を変更できるのであるから、一度意思確認をしたことをもって、配偶者の同席が遺言者の真意を歪めるおそれがないということはできないとして、妹の主張を排斥しました。
遺言公正証書の作成の最後の手続が終了するまで遺言は完了せず、それまでの間、遺言者は、遺言の内容を変更することもできるのであるから、遺言の完了まで、遺言意思が継続していることが必要。
したがって、遺言者が眠ってしまったことから、公証人が公正証書遺言の手続を中断し、遺言者の病状、心身状況の確認に努めたことをもって不当ということはできないとして、妹の主張を排斥。
この判決があるからといって、公正証書遺言の作成を妨害することはもちろん許されません。
しかし、公証人の責任を追及するのは、発想が違うでしょう。
相続、遺言問題等のご相談は以下のボタンよりお申し込みください。